転職活動中に私が心がけていた5つのルール
①転職サイトをみてどんな職種への転職をするかイメージを膨らませる。
②求人のフリーペパーをチェックする
③転職のハウツー本を読む
④転職を成功させた友人に詳細の体験談を聞く
⑤退職の際に有利に働くように、労基等についての知識をつける
毎日の残業とストレスのしんどい日々だった。ブラック企業・病院事務からの転職
20代後半、女性。大学時代は保育心理学科を専攻し卒業と同時に幼稚園教諭と保育士資格を取得しました。その後保育業界で数年勤め転職し病院の健康診断課の事務員となりました。
それが悲劇の始まりで、毎日の残業で倒れる寸前、上司からのパワハラ、低賃金の中ついにブラック企業の病院からの転職を決意しました!
年収250万未満の病院事務員から年収350万の卸売業のIT部門への転職
私は学生時代は保育の専門知識を学び幼稚園教諭1種免許と保育士の資格を取得しました。
数年は地元の保育園で勤務しましたが、自分には合っていなかったこともあり一般職で仕事を探す事になりました。
保育関連の資格以外は特に持っておらず、パソコンに関してはエクセルもワードも使えない私は、仕事を探すにしてもしんどい状況でした。
大抵の会社事務の仕事はもちろんエクセルとワードを使いこなせるというのが最低条件であります。
そして何度かハローワークに通い、その業種での仕事未経験・パソコンのレベルも不問いという条件で見つけたのが、某病院の健康診断課の事務員の仕事でした。
募集要項を見た限りではブラック企業の気配は一切感じないものでした。
お給料は月給が18万円とあまり良くありませんでしたが、交通のアクセスも良く、勤務時間も8時~17時で残業なしという事もあり面接を受けてみることにしました。
比較的人気の職種という事で面接の倍率は高かったのですが、院長婦人や部長に人柄を気に入って貰う事ができ働き始める事になりました。
健康診断課(以下健診課)には40代の女性課長、社員の同年代の女性2人、パートの女性1人の計4人が働いていました。
そのうちの社員の女性が辞める事が決まっており代わりの人員補充として私が採用されたということでした。
仕事の内容としては朝から検診受付が始まる前に掃除や受け入れの準備作業をし、受付開始の9時から14時までは受付業務と結果データの読み取りや電話対応などの作業に分かれて働きます。
健診の受付がすべて終わると翌日に検診を受ける人の書類や検査キット等の準備や健診着の用意も行います。
そして息つく暇もなく健診結果発送の為の業務や、請求業務、健保などに提出するデータの作成などとにかく仕事量が多くしんどい職場でした。
働き始めてすぐからとにかく手を止めることなく急げという慌ただしい状況は感じていましたが本当の地獄はその後に始まる残業地獄でした。
退職する職員からの引継ぎが終わるころから、私も本格的に残業の要員に加わりました。
求人の募集要項には17時終業で残業なしということでしたが、それはまったくのでたらめでした。
健診結果の発送は2週間以内というルールがあった為、何が何でも間に合わせなければいけないのです。
毎日20時ごろまでの残業は当たり前で酷いときには23時になり終電もなくなりタクシーで帰宅する事もありました。
ご飯は職場でコンビニのお弁当などを食べて、家に帰るとお風呂に入って寝るだけの本当にきつい毎日でした。
しんどい状況を友達に愚痴る暇さえありません。
もちろんこれらは全てサービス残業で残業代は1円たりとも支給されないという完全なるブラック企業でした。
もちろんすぐに辞めたいという気持ちも湧きましたが私はまだ社会人としての経験も少なく、一般事務の仕事も初めてだったので正社員として安定した職についているだけましだと考えただ耐えながら過ごしていました。
また転職したころには親元を離れ一人暮らしをしていた為に仕事を辞めた後の不安がつきまとっていたのも理由の一つです。
辞めたい気持ちを胸の奥にしまってしばらくは耐えました。
しかしこんなきつい生活を送るのは長く続きません。
慢性的な寝不足と疲れで生理も止まり身体のあちこちに不調が現れ始めました。
心配した婦長さんに点滴を受けに来るように言われた事もありました。
限界を感じ始めた頃、ひとつの救いがありました。
それは同じ課で正社員で働いていた仲間の存在です。
私がこの病院で働き始めた頃、40代の上司は長い間この劣悪な環境で働いてきた事で心を閉ざしてしまいまわりの同僚と一切打ち解ける事もなく、ただロボットの様に黙々と仕事をこなしていました。
そしてスイッチが入ると、大きな声で怒鳴ってきたり追い詰めるような発言をしたりと、パワハラ・モラハラだと感じるような出来事も多々ありました。
この上司のきつい態度と劣悪な労働条件のせいでこの職場で働く社員は次から次へと辞めていき、上司は日に日に心を閉ざし同僚にたいして下に見るような状況に陥っていました。
挨拶をしても無視をされることもあるぐらいなので、この上司と打ち解ける日々は二度と訪れないと感じていました。
しかし不思議なもので、一つづつ困難な状況を乗り越えていくたびに会話をする機会も増えて少しずつ、少しずつですが上司の心にも変化が現れ始めました。
まるで洗脳されてこのブラック企業の社畜のようになっていた上司もようやくこの状況のおかしさ、そして今後変えていかなければいけないということに気づいてくれました。
その後部長と健診課のメンバーとの間で何度も話し合いの場が持たれました。こもままでは全員で辞めたいと言うところまで話た事もあります。
そして残業代はきちんと支給して貰える事になりました。
また、これまで明らかに人員が足りておらず何度も募集をかけて採用するも皆数日~1週間で辞めていく状況だったこともあり、採用時の募集要項に残業なしという虚偽の記載をするのは辞めてほしいと伝えました。
そして面接の時にも直接忙しい職場で残業も多いという事を伝えて貰うように約束して貰いました。
そして結局トータルで1年程勤めた後に呉服やドレスなどを扱う卸売業の会社に縁があり入社し、毎日楽しいと思いながら仕事をすることが出来るようになりました。
残業も月に1時間があるかないかぐらいで身体の不調もすぐに改善され健康的で人間らしい生活を送れるようになりました。
転職をしようと思ったきっかけ
・残業生活が続きこのままでは身体がもたないと考えた
・もっとプライベートを充実させたかった
・食生活や睡眠環境を改善させて人間らしい生活をしたかった
・労働環境の一部は改善されたもののブラック企業だと感じる所が多く一刻も早く離れたかった
ハローワークの職業訓練に通い転職の道が拓けた
仕事を辞めた後に職業訓練に通いパソコンのスキルをアップすることにしました。
約3か月の間、朝から夕方までみっちりパソコンの勉強をして、エクセルとワードのエキスパートの資格を取得するに至りました。
またパワーポイントや、ホームページ作成、アクセスなどの勉強もさせて貰いました。
職業訓練校を卒業してハローワークを中心に職探しをしました。
もう二度とブラック企業で働きたくないという思いが強く、ハローワークの担当者にも以前にブラック企業で働いていたことがあり二度と失敗したくない旨を伝えました。
その時にハローワークの担当者が勧めてくれたのが転職先の求人でした。
ハローワークの担当者は何社かは直接に訪問して業務の様子を実際にみたり仕事内容の詳細も確認してくることがあるとの事でした。
そのため確信をもって私にその会社をお勧めしてくれたのでした。
そして幸運にも巡り合えた1社目に応募し、内定を頂く事が出来たのです。
残業が本当にない職場で、プライベートも充実
転職後は終業時刻を数分でも過ぎると、上司が皆早く帰ろう!と声をかけて回るような職場でした。
そしてやむを得ず繁忙期に残業するときにはきっちりと残業代も出ます。
転職後は月給もあがり、終業時刻も早かったので平日も同僚とご飯を食べに行ったり、趣味のランニングを始めたりと劇的にプライベートが充実しました。
毎日きつくて、仕事を辞めたいと思いながら働いてたのがウソのように楽しい生活にチェンジしました。
まとめ
殆どの職場が実際に働いてみないと真実は見えてこないものだと思います。
初日で
私の様にブラック企業で残業付で身体的にきつい状況になったり、人間関係に悩み精神的にきつい状況になる人もいるかと思います。
しかし嘆いていても何も変わりません。
一歩ずつ自分にとって最善の未来のために行動をうつす勇気が大切だと思います。
転職というハードルは高いかもしれませんが、辞めたい・しんどいと思いながら働いていても充実した毎日は送れません!