20代転職体験談

二十代後半で年収100万円台のブラック企業から抜け出す体験談

【二十代後半で年収200万】

当時私は二十代後半で結婚の予定もなく、これから先、もしものことがあっても一人で生きていけるように、何か手に職をつけなくてはという焦りから、関西圏で数店舗あるパン屋の製造の仕事に就きました。
パン製造のノウハウを学んでおけば、いずれ独立もできるだろうと考えてのことでした。

しかしパン製造というファンシーなイメージすらある職場の現実は、ごくごく少人数でひたすら狭い製造スペースで動き回り、重い重い粉の入った袋やパン生地を担いで運んだり、何キロもある生地を手でこねたり、精神面のみならず、体力的にもかなり疲労の溜まる毎日でした。
そのうえ、直属の上司にあたる先輩と、会社の社長が相談して決めたという私の給料は、まさかの手取りで10万円台前半というもの。パン製造は本来職人仕事であって、弟子は無報酬で働き、その代わりに師匠の技術を目で盗み、自分のものにするものだからという考えからとの事でした。当時は実家暮らしでお金に困っているわけではなかったので、辞めたいと思うより前に、なぜか給料がでるだけ有り難いという説明に妙に納得してしまいました。そしてブラック企業での地獄の日々が始まったのです。

【次々に辞める同僚たち】

案の定、同時期に入社した数人は数日間辞めたいと愚痴りながらも仕事をしていましたが、すぐに来なくなり、その作業場で残すは私と先輩のみという状況に。仕事量は私と先輩の背中に重くのしかかり、きついの一言でした。きついと思った時に私も流れで辞めればよかったのでしょうが、また仕事を探し、一から新しいことを覚えるなら、まだここで暫く頑張って、少しでも技術を習得したほうがいいと考えていました。
しかし、そんな少人数作業ですでにキャパシティーオーバーな状況にも関わらず、社長は事業拡大を目論見、催事としてデパートでの販売の仕事を新たに加えました。
もはや、昼夜を問わず働かなければこなせない仕事量です。毎日夜の9時に出勤し、そのまま翌日の夕方4時頃までパンの製造作業、少し帰宅して仮眠をとり、また夜の9時に出勤するという、きついを通り越した地獄のようなタイムテーブルでした。
自分が何時間働いているかなど、恐ろしくて考えたくもありません。朦朧とした頭で、きついなぁ人はこうやって過労で死んでゆくのだなあ・・・などと考えていました。

【友人の鶴の一声】

漠然と、こんなブラック企業から早く抜け出さなければ、辞めたい、辞めたいと思ってはいたものの、現実に目の前にやらなければ終わらない仕事があり、自分が逃げ出すことですべてがストップしてしまうのだという、強迫観念で、いくら体力的精神的にきつい状況でも、すぐに全てを投げうって辞めるという選択には至りませんでした。慢性的な睡眠不足で、正常な思考回路ができていなかったのも大いにあると思います。

機転となったのは、そんな屍のような生活で、少しの時間を見つけ、友人と飲みに行った時のことです。
その友人もずっと、きつい介護関係の仕事をしており、低賃金の長時間労働の話は聞いていましたが、ついに自分の資格を生かし、大学の非常勤講師へと転職したのだそうです。
私も今のきつい現状と、本当は毎日が本当に辛く辞めたいのだけれど、今の仕事を続けることで身につくものもあるのだと思うと決心がつかないと相談しました。
すると彼女はいともあっさりと、「辞めれば?」と言いました。ただそれだけなのですが、スコンと耳に入り、ああなんだ、きついと辞めてもいいんだ、と心が一気に軽くなったのを覚えています。続けて友達は、「例えば今の仕事でも、月収で30万くれてたら辞めようと思わんかったかもしれん。労働と給料が見合って、はじめて仕事は続けれるんや。」と言っていました。たしかに毎日肉体的にしんどくても、そこそこのお給料を貰っていれば、そこまで追い込まれることは無かったかもしれません。
低賃金の長時間労働は、ただただ虚しくなるだけです。

【退職】

そこからは、とてもスムーズに行動が出来ました。翌日には職場の先輩に時間を取ってもらい、辞めたいという意向を伝えました。転職を考える人は、今の職場に辞表を出すタイミングや相手の反応が怖くて、ズルズルと出せずに怖気づいてしまっている人が多くいらっしゃると思いますが、そもそもブラック企業は、人がすぐに辞めることには慣れっこです。意を決して辞めたいと告白しても、返事は意外とあっさりとしたものだと思います。
先輩も、決めたのならば仕方がないと了承してくれ、社長にも報告がいき、1か月後に退職できる運びとなりました。

終わりが見えると、心が晴れやかになり、俄然やる気が湧いてきました。立つ鳥跡を濁さずと言いますが、せめて最後まで、きちんと仕事をこなすことを考えました。
辞めた後に少し休んで、気持ちも体もリフレッシュしてからまた新しい職場で心機一転頑張りたいと思ったので、辞めたあとに、転職活動をしようと決めていました。

【転職活動】

ついにブラック企業とおさらばし、清々しい気持ちでいたのも束の間、やはり働いていない時間は焦りを感じてしまいます。そこで私は、一般的に人が仕事をしている9時から5時を就職活動にあてる時間とし、他の時間はなるべく仕事のことは考えないようにしました。
具体的な就職活動としては、リクナビnextなどの転職サイトを見たり、ハローワークに通い、めぼしい職場をチェックして問い合わせをしてもらったり、気になる企業は面接とは関係なく、出向いて雰囲気を確認したりといったことです。

ハローワークでは募集がでていても、実際問い合わせると、今は募集していないといったことが多くあったので、リクナビnextなどの転職サイトのほうが信頼できる部分はあるかなと思います。
あとはタウンワークなど地域に密着した募集情報が載っているものも活用しました。意外とこちらのほうが見やすかったりします。
ただ、どのサイトの企業にも言えることですが、職場の悪いこと、正社員になった場合のデメリットは、もちろん掲載されていないので、またブラック企業に当たってしまう可能性もゼロではありません。
自分の責任できちんと見極める必要があります。

【ブラック企業を経て新しい職場に求める条件】

一度ブラック企業に勤めると、仕事に対する条件のハードルは普通の人に比べてかなり低くなるのではないでしょうか。何しろ最低ラインを経験しているので、それより条件の良い職場は山のようにあります。
特に私が譲れないポイントだったのは、労働時間です。長時間労働は体だけでなく心も蝕むということを身をもって体感したので、一日8時間労働、このごくごく普通の労働時間で働けることが第一の条件でした。
給料に関しては、常識の範囲であれば多少悪くても候補から外すことはありませんでした。

【リフォーム関係の事務職に転職し年収は倍に】

結局、地元を離れるつもりはなかったので、タウンワークに掲載されていた、太陽光や給湯器の販売設置やリフォーム業務などを行っている会社の事務として再就職することになりました。
二度とあんなつらい目に合いたくないという思いがかなり強かったので、面接の段階で、給料はもちろん、実働時間や有給の有無、仕事の細かい内容などの条件を沢山質問しました。
お金のことは、はっきりと聞きにくいという雰囲気がありますが、入社してから条件が違うと文句を言っても後の祭りです。仕事を教える会社側、働くこちら側双方にとっても、入社してすぐに辞めるという行為は時間の無駄になります。多少聞きにくいことでも、初めの段階できちんと明らかにすることが大切です。

【転職で人間らしい生活】

新しい職場は8時に出勤し、軽く掃除、メールチェック、前日の業務の報告、連絡、パソコンでの入力作業などをこなし、夕方5時に退社というルーティンでした。
給料も20万弱ほど、手取りでありました。正直、世の中にこんな楽してお金が貰えることがあるのかと驚愕し、感動すらしました。きっと一般的な事務職の場合、このような感じで毎日を過ごして気が向けば同僚と飲んで帰ったりするいたって普通の生活なのでしょう。しかし一度地獄を見た私からすれば、まだ太陽の出ている時間に退社し、夜ご飯の時間に夜ご飯が食べられるなんて、幸せ以外の何でもありません。
人間らしい生活をすることがどれほど大事なことなのかと言うことをひしひしと感じました。

【ブラック企業からの転職を考えている方へ】

実際にブラック企業を抜け出して転職した私からすると、なぜもっと早くに転職をしなかったのだろう!!と後悔したほど、とても簡単なことでした。
世の中には人間らしい生活ができる仕事が沢山あります。なぜあえてブラック企業にしがみつく必要があるのでしょう。新しい生活に切り替わるのには勇気がいりますが、そこにはきっと、健全な精神で毎日を送れる明るい未来が待っています!!
悩んでいる時間が勿体ない!辞めたいと思った時が、辞め時です。今すぐにでも転職することをお勧めします。

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