新卒で入った会社はブラック企業でした。制作会社の営業職だったのですが、入社してわりとすぐに「ああ、いつ転職しようか」と思うくらいにはブラックでした。制作会社という性質上、ホワイト企業ではないのはわかりきっていて、多少のブラックさには目を瞑らなければならないのかもしれませんが、それでもやっぱりブラックでした。常に複数の案件を抱え、毎日が締め切りのような日々の中、帰宅は終電が当たり前、深夜タクシーで帰ることもしばしば。先輩も優秀な若い人がどんどん辞めて、中途採用を繰り返す。社内はくたびれたスタッフばかりでどんよりした空気。社用携帯という社畜ツールには、帰宅後も止まぬ電話。プライベートなんてあったもんじゃありません。土日もかまわず鳴るそれを、一体何度ぶん投げたことだろう?
忙殺される日々の中で、転職を考えないわけがありませんでした。トイレに入るたびにスマホで転職サイトを閲覧し、時間があれば常に「転職」という言葉が頭を過ぎります。わずかにあるプライベートの時間も、転職サイトを眺め、転職成功者の体験談を眺め、自分もいつか転職をするのだ、このブラック企業から早くおさらばし、ホワイトでプライベートが超充実した人生を送るのだと夢を見るのです。その間、ネット上のありとあらゆる体験談を読んだ気がします。「会社 辞めたい 転職」の検索結果は辛い体験談の宝庫。ブラック企業で今にも過労死しそうな体験談。社内ニートの体験談(これはこれで辛そう)。転職したらもっと状況が悪化したというような体験談もあって、こういうのを読むと転職なんてやめた方がいいんじゃないか、とちょっとブレーキがかかってしまう。しかし、なかなか次のステップに進めないでいるのは、自分には何のスキルもないという現実と、目の前の仕事をこなさなければ「ならない」という思い込みでした。
それに、いわゆるホワイトな会社なんて、私の入れないようなごくわずかな大手企業だけで、世の中のほとんどがブラック企業なんじゃないかとさえ思っていました。ホワイト企業に勤め、ホワイトな生活を送るなんて、何のスキルも持たない凡人には許されないのだと。その思い込みからなかなか転職活動を進められない自分がいましたが、自分が何もできない人間だと自覚しているのなら、やりたくない仕事から逃げ出したって、別に誰が困るんだろう、と。私が投げ出したら誰かが死ぬような仕事ではない。そんなに嫌ならば、さっさと目の前のこなさなければならないという仕事とやらを投げ出して、とっとと転職活動に専念するべきだったと今でこそ思います。
結局、会社を辞めたのは3年目に入って間もなくでした。仕事は増え続けるばかりで、転職活動にかけられるような時間がいっそう少なくなっていました。今思えば無謀ですが、次の仕事を見つける前に私は退職してしまいました。もう体力的にも精神的にも限界がきていましたし、正直言って、仕事を続けながら転職活動をする余裕などなかったのです。何より、この会社で一生働く気はない、遅かれ早かれだ、とそう思うと、1日でも早くこの会社を辞めなくてはいけないような気がしたのです。それは他の誰のためでもなく、自分のためなのです。
仕事を辞めてから転職活動を始めたのですが、何となくうまくいくような根拠のない自信がありました。仕事を辞めたおかげで常にある切迫感から解放され、落ち着いて今自分が置かれている状況や、自分のやれること、やりたいことが見えてきたからだと思います。新卒入社の人間が、2、3年で会社を辞めた場合、どこからも内定が出ず、どんどん落ちぶれていくという体験談が結構あります。一方、「第二新卒扱い」ですんなりと再就職できた、という成功体験談も少なくないようです。しかし、それらの体験談は他人の体験談でしかないわけで、自分がどうなるかは活動してみないことにはわからないわけです。結果として、私はどちらかというと、すぐに再就職できた方だと思います。
まず転職において第1条件に考えたのは、自分の時間がとれること。つまり勤務時間や休日の部分です。とはいえ、前の会社よりプライベート時間がとれればいいや、くらいにしか考えていない部分も往々にしてあったので、この部分のハードルはけっこう低かったかもしれません。ブラック企業にいたときは、必要以上にホワイトな環境に憧れたものでしたが、それなりにホワイトならいいかな、くらいに考えました。それに、あれ以上のブラック企業はそうないと思っていたし、同じ業界に舞い戻るきもさらさらありませんでしたから。そして、どうせなら自分のやれることを生かせるか、あるいは興味のある分野の近くで働く、ということを第2条件におきました。生活のほとんどの時間を捧げる以上、やはり趣味趣向のような部分が合致する方が好ましいと思ったのです。条件として考えたのは突飛なものでもなく、誰もが考える自然なものだと思いますが、給与面はあまり重視しませんでした。給与が高いというのは、求められるものも大きいだろうし、それは私が望むような、なるべくホワイトな仕事から、どんどん遠くなるような気がしたからです。
就職活動のほとんどは、転職サイトで条件にあう会社にエントリーを出し、面接に行くというのを繰り返でした。しかし、やみくもにあちこちに出すというよりも、自分の掲げた条件に合い、かつほとんど経験のない人間でも雇ってくれそうなところでありながら、人を使い捨てにするようなブラックではない会社を吟味してエントリーしました。なのでエントリーした数は、そこまで多くなかったかもしれません。10+αくらいだったと思います。会社の口コミサイトでの評判も、あれば必ずチェックしました。
面接に行った会社でも何社か落とされましたが、実質3ヶ月以内に再就職できました。出版関係の事務職です。出版関連というと忙しそうなイメージがありますが、それはほとんど編集者の話で、出版関連といっても何も編集者だけでないですし、職種によって勤務体系や待遇も異なります。私の就いた事務職は、ほとんど定時で退社できるのです! しかも、仕事が忙しくないときは、定時前に帰ることも推奨していて、平日にプライベートなんてなかった私に、こんな日が来るとは思いませんでしたし、こんな会社あるのかと驚きでした。それにもちろん、土日は休みです。会社から仕事の連絡がきたことは一度もありません。大企業ではなく、むしろ小さな会社ですが、そのあり方はむしろホワイトだと言えます。上司や同僚も、真面目で穏やかな「ホワイト」なタイプの人たちばかりで、何より私自身が「ホワイト」な気持ちで仕事をするこができています。強いて言うなら、給与は以前より少し減りましたが、それ以上に得たものの方が多いので何の問題もありません。
元来私は、ガンガン稼ぐ営業マンタイプの人間ではなく、コツコツと丁寧に仕事をする事務タイプの人間でした。それなのに少し見栄を張り、背伸びして一見華やかそうな会社に入ったのがそもそも違っていたのです。その点に早く気がつくことができたという意味で、ブラック企業ですり減っていた日々も、一つの経験として、前向きにとらえることができるようになりました。今ではプライベートも仕事も、とても充実しています。人間らしい生活が、やっとできるようになりました。
仕事が、会社が嫌ならば、我慢せずに早いうちに辞める、転職するという選択肢は何も間違っていないのではないでしょうか。今でも、この会社はやばい、そう感じた瞬間にでも逃げ出すべきだったと思います。特に若い人はそうだと思います。まだまだ可能性のある若い人たちが、ブラック企業ですり減らされていくのは本当に残念なことだと思います。ナンセンスです。せめて3年は続けなさい、という言葉も間に受けすぎないほうがいいのではないでしょうか。一目惚れして付き合ってみた恋人が、実は性格に難があったので、早めに別れを切り出した。面白そうと思って買ってみたゲームが、全然おもしろくなかったので全クリする前に手放した。違和感を覚えたとき、動き出すのは早い方がいいこともあると思います。自分の性質と会社の志向がうまくかみ合わないのであれば、逃げ出すことは悪いことじゃないはずです。特に日本では、終身雇用で一つの会社でずっと働き続けることが当たり前でした。それは会社に身を捧げることの見返りとして、会社が自分を守ってくれたり、相応の対価を支払ってくれたりするからです。人を使い捨てにするような会社に身を差し出して、犠牲になる必要はないのです。
【ブラック転職】終電帰りが当たり前、制作会社で働く20代営業職が転職して定時に帰れるようになった体験談