20代転職体験談

ブラック企業で働いてみて、わたしが実際に感じたこと。

わたしはブラック企業を二社も経験しました。1社目は、新卒で入った会社で、いきなりブラック企業を経験しました。全国放送で、コマーシャルもしているような大手の塾なのですが、最初は、受付としてある教室に配属されました。最初は、何も分からず、ただ言われたことをやっていて、最初はこんなものなのかな?と思っていましたが、あとから周りに聞いてみると、本当におかしい、きついことばかりでした。まず、受付の新人研修がありませんでした。マニュアルはもちろんなく、自分で作りました。職場には、ちゃんと教えてくれる先輩は1人もいませんでした。みんな自分の仕事がきついので、人に仕事を教える余裕なんてありませんでした。普通ならあり得ない話ですが、わたしは親切なアルバイトの掃除のおばさんやおじさんに仕事を教えてもらっていました。おまけに教室長のパワハラまがいの理不尽な振る舞いや発言がひどく、本当に精神的にきつくなり、新卒1年目が終わる頃には、日に日にこんなブラック企業、1日も早く辞めたいという思いが強くなっていました。新卒で入社して、まだ1年しか経っていないということもあり、職場のひどい現状を何も知らない家族やハローワークの人に、最低3年はがんばらないと転職はきついよと言われたので、その時は退職を思いとどまりましたが、もう精神的に限界だったので、もう1年だけ勤めたら絶対に辞めると心に誓いました。2年目に入ってからは、職場の人には内緒で、ひそかに転職活動をはじめました。パソコンの資格を取ったり、英語の勉強をしたりと、自分なりにネットなどでいろいろと情報を集めて、1年間退職のことだけを考えて仕事をしておりました。ちゃんとした会社であれば、新卒たった2年間であったとしてもどんなことをした、自分はこんなに成長できましたと面接ではっきりとアピールできるのでしょうが、わたしの場合は、本当に何もアピールできるエピソードがなかったので、面接で苦労することは最初から分かりきっていました。このままでは、転職用の履歴書にも何も書くことがなかったので、せめて資格の欄では他の人と勝負ができるくらいにはなっておこうと、自腹でパソコン教室に通ったりと、本当に金銭的にもきつかったですが、会社では資格の支援も何もなかったので致し方なく、個人的に習い事として土日休みに教室に通っていました。3年目を迎える直前に、やっと教室長に辞めたい意思と伝えることができました。辞めるときにひどい文句を言われるかと思っていましたが、こちらが拍子抜けするくらいあっさりと受け入れられました。退職手続きもスムーズに終わって、わたしはこの会社にとってただの捨て駒でしかなかったのだなと感じました。気がつけば、わたしが辞める頃には、仲良くしてくださっていた人たちもほとんど辞めておられましたので、さよならを言う人もいませんでした。こんなにも、人を大切にしてくれないようなブラック企業は辞めて本当に大正解だったと心の底から思いました。次は、福利厚生や研修のしっかりした会社をちゃんと選びたいと思っていました。その後、ご縁があり、転職活動中に転職エージェントの人に紹介されて、行きたいなと思って調べていたアパレル系の会社に無事転職することができました。前に勤めていた塾とは全く違い、福利厚生も研修も、とてもしっかりしているようでした。ブラック塾とのギャップがすごく嬉しかったのを今でも覚えています。今から思うと、会社として最低限で当たり前のことばかりだったのですが、その時は、はじめてちゃんとした会社に入れるんだという嬉しさとパワハラ教室長から解放されたという喜びで一杯でした。面接してくれた部長さんも、とても親切に面接してくれて、そのお人柄に魅力を感じ、会社自体にも大きな期待を抱いて、入社を決めさせていただきました。しかし、そんな浮かれた気持ちも一瞬で粉々にされてしまいました。配属された部署は、とあるマーケティングの部署だったのですが、新人を受け入れたことがないという部署でした。それは、面接の時にすでに聞いていたので、先輩もみんな一生懸命教えるから、よろしくねと人事の方からも言われており、安心していたのです。はじめは先輩も一生懸命教えてくれたのですが、複雑な業務ばかりで、マニュアルもなければ、独自の方法でみんなずっと仕事をしてきていて、それぞれのやり方も全く違いました。教えられることが毎回違うため、メモをとっても、混乱して、全く理解できませんでした。また、パソコンの資格も取り立てで、実務経験はないと面接で伝えていたにも関わらず、先輩に資格持ってるのに、何でこんなこともできないの?と冷たく言われたときは本当にきついなと思いましたし、何よりも悲しかったです。あんなに努力してパソコン教室に化取ったのに、なかなか業務が理解できない自分が本当に不甲斐なく、せっかくブラック企業から脱出できたのに、普通の会社も、こんなにも厳しいんだなと思っていました。わたしの担当する業務をやっていた人は、もう定年退職していませんでしたので、きちんと引き継ぎが出来ていないようでした。それでも必死で仕事についていこうとしていましたが、きついと誰にも言えず、同期もいないので、相談できる人もいませんでした。部署は、わたしよりはるかに年上の方々ばかりで、業務についての質問すると甘えるなと言われたり、ゆとり世代とばかにされて、話も全く合いませんでした。研修も、課長になぜか関係ない他の部署の新入社員の研修に無理矢理セッティングされていて、ここで友達を作ってくるようにといきなり言われたり、全然分からない課長がやるべき仕事を押し付けられて、やるようにと言われて、他の部署の上司に提出しに行くと、何で君がやっているんだ?と怒られたりと、これら以外にも、たくさんおかしなことがあり、何度も辞めたいと思いましたが、当時のわたしは、まだまともな会社で働いたことがなかったので、これが普通なんだ、厳しい世界なんだ、ついていけないわたしが全部悪いんだと思い込んでいました。わたしは転職して半年で、こんなはずじゃなかったのに、もう辞めたいなと考えるようになっていきました。あとから聞いた話によりますと、わたしの前におられた方は、かなりのベテランの方で、その人が辞めてから部署の仕事が一気に増えたこと。派遣さんがとある先輩と折り合わなかったり、冷たくされたりして、たびたび辞めていて、定着していないこと。実際、わたしがいた1年で2人も派遣さんが辞めました。1人は1週間で来なくなりました。過去に、社員が何人もこの部署にやってきたもののすぐに他の異動への申し出ていたことなど。会社自体は、調べる限り、福利厚生もしっかりしていて、転職エージェントの方からもとてもホワイトな企業で優良企業だと聞かされていたので、良い印象しかもっていませんでしたが、いざ入社してみると、配属された部署が、かなりいわくつきのブラック部署だったのです。そんなことはつゆ知らず、何も知らないわたしはこの問題の多い部署にまんまと入社してしまったのです。今から思うと、理不尽なことばかりで、きついのに、よく1年ももったなと思うくらいです。結果的に、わたしの精神は蝕まれ、鬱病になってしまい、有給休暇を使い切り、会社を欠勤するようになりました。最後は、会社に出勤することもできず、電話とメールで辞めたい意思を伝え、退職の手続きをしました。人事の人には、守ってあげられなくて、本当にごめんねと電話口で言われましたが、部長や課長、部署の先輩からの謝罪の言葉などは一切ありませんでした。わたしは、そんな部署を野放しにしていた管理部門の部署に、会社の体制を何とかしろよと言いたかったです。何も知らない新人が、こんな仕打ちを受けていいはずがありません。辞めたいと思っている社員を見て見ぬ振りをする腐った会社の風土や社員の方々の雰囲気が、わたしはブラック企業そのものだと思いました。最初に勤めたブラック塾の方がまだマシだと思いました。わたしの後に入ってくる人も同じようになっていなければと願うばかりでした。その後、半年程自宅で療養しました。病気が治って、派遣として就業した会社は、とても良い会社で、人間関係もとても良好でした。給与は決して高くはありませんでしたが、それでも余裕がありました。仕事も丁寧に教えていただきましたので、業務もパソコンの資格を思う存分に活かすことができました。2年勤めて、結婚したので、引越すのと同時に退職させていただきましたが、派遣社員のわたしのために、お別れ会も開いてくださりました。引越していなければ、まだ派遣を続けていたのかもしれないとも思います。ブラック企業に勤めてみて、思ったことは、真実は入社してみないと分からないということです。わたしのように、しっかり調べて、ブラックじゃないと確信をもって、入社しても、部署がブラックだったり、隣に座っている人がブラック社員できついから辞めたいと思うかもしれません。だからと言って、きついのを我慢して仕事を続けてしまうと精神的に病気になってしまうこともあります。周りの人が何と言おうとさっさと辞めたいという意思を伝え、退職しましょう。再び転職することを恐れてはいけないと思います。何度も転職する人はダメだと世間から思われるかもしれませんが、自分に合う職場は絶対にどこかにはあります。今ブラック企業からの転職を考えている人は、決して諦めず、まずは自分の身体と精神を大切に転職活動がんばってほしいです。

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