本当に地獄だった2年半前後のブラック企業から逃げ出す事が出来た、これまでの私の就労面での経緯について、今回の記事では話していこうと考えています。
自分のケースの場合、本当に経済的な事情で辞めたりする事が中々出来ず、本当に四六時中悩み、とても苦労をさせられました。
そして他の方とは異なり、私の場合はサラリーマンでは無くて、自らの独立起業といった形での転職活動を急遽行い、それまで務めていたブラックなN社とは違う、ホワイトな自らの就労の場を作るに至った経緯について触れた体験談になっていますので、多くの悩める方にぜひともご参考にして頂けたなら本望です。
1.大学時代も含めた、貧困の中での今までの人生
私は幼い頃に両親がとある理由で無くなり、母方の祖父母達の下で育てられてきました。そして祖父母らの生活面なども主に、少ない年金暮らしであった事情もあり、彼等の下へ来て以来もの心付いた頃から貧困の真っ只中でした。
そして小学校も2年頃にいじめに遭い、それをきっかけに祖父母に守られながら自宅内で勉強をして、それ以来、私は小学校・中学校・高校などを卒業をしていません。
これもやはり、育ててくれた母方の祖父の方が教養のある方でもありましたので、学力はもちろん様々な普通の学校では教えてくれない事まで学ぶ事が出来ました。
勉強とプライベートが一緒でしたので、当時としては幼い頃から自分で考える事の術が付いたような感じが、今思うとします。
そしてアルバイトをしながら当時の高卒認定試験を2回受けて通り、20歳の頃に大学入試で合格をして、私立のW大学の工学部へ入学をしました。
少ない年金生活の中で保証人となってまで、大学に行かせてくれた祖父母らでしたので、貧困の中、必死に勉強をしてイイところへ就職をして、彼等に楽をさせてやりたいといった思いで一杯でした。
2.大学卒業に誤った選択
極貧の中での大学生活でしたが、同期生なども貧困世帯が多いのに最初は驚きました。そうした似た境遇もの同士といった事情もあって、プライベート面も大変充実をしていた思い出があります。
そして4年時の上半期に見つけた、電子機器類を扱う大手電子機器メーカーであるN社の求人に興味が湧いて、小論文と面接試験を受けて、見事合格をして入社を果たしました。
しかしながら、この選択自体が当時の私自身による大きな過ちであり、今まで育ててくれた祖父母らにも余計な迷惑を掛けてしまう事にもなってしまいます。
私の場合、大学を24歳で卒業しましたが、本当に当時はぎりぎりの大卒就職の年齢でした。
そうした中での入社試験での合格でしたので、祖父母らも本当に喜んでくれましたので、長くN社で勤めようと考えていましたが、そんな考え方が実は誤りであり、後々、育ててくれた祖父母らにまで迷惑を掛けたりしてしまう事になります。
3.入社して研修期間を過ぎてからの、N社内での数々の常識外れの習慣
正直、N社への入社をした事が間違いだったといった思いに駆られた時期は、実は同社研修期間時からありました。
顧客側からの電話や直接対面でのやり取りに関しての、基本的な心構えについての講習の時、どうも納得いかないところがあって、研修時での先輩社員の方による説明内容などがおかしい、あまりにもこちら側の利益しか考えず、相手方である顧客側や第三者に対して不利な事や主張などをしても構わないといったものでした。
実はこの時、少しだけN社のそうした研修期間においての教習内容について、疑問を感じていました。
しかし、ただでさえ貧困や極貧の中で祖父母に育てられてきた経緯がありましたので、何とか貧乏から這い上がりたいという気持ちの方が強かったので、そのまま電子設計の仕事を頑張りました。
ところが、どうしても自社だけに利益になる事をしさえすればよい、社会的な常識や習慣を無視してもよい、それこそが幸せだというような、本当に一見すると誰もが異常であると思う事を、最高責任者である当時の同社のQ社長は話していました。そして、電話対応や営業活動などでも相手が不利益を受けようとも売りさえすればよい、機器類の製造や修理などの際には、確実性が無くてもよいからイジりさえすれば構わない、その他、明かに利益優先ばかりを追及するような主張ばかりをするようになりました。
その証拠に、1年目の時点には朝の7時前後に出社して、夜中の22時過ぎまで休み無しの時期が約半年間続いた事もあり、もう心身共にボロボロでした。
そうした中、多くの顧客や第三者、あるいは部外者である方からのクレームの電話・手紙・メールなどの送信や配送、直談判でオフィスや設計工場へ来られる方などもあり、それらへの対応などもあって時間超過労働になりました。
経営者本人や直属の上司である方その他のN社役員らによる非常識な言葉の内容、労働基準法その他の関連労働各法令を無視した、私達被用者である労働者に対しての扱い...本当にこの時、私はN社で自分の最期を迎えるのかとも考えました。
もちろん、学生や少年だった時代のようなプライベートの自由さなどもありませんでした。自己啓発で通信教育などを受けたりしただけで、社内機密を漏らす恐れがあるといった理由で懲戒解雇などをされたりした方も多く、プライベート面でも中々油断が出来ませんでした。
それでも私は2年目も勤め続けましたが、今話したプライベート面での同社側からの締め付け、意見を言わさない体質等々、社会的にも非人道的な常識外れの習慣や社風などがあり、それらがまさに、N社自体のホワイトさが皆無なブラック企業としてのあり方でした。
4.死を覚悟しながら、決断をした私が自ら行った独自の、転職活動及びその体験談
本当に恐怖でした。2年目には役員の1人が会社のお金を横領して警察に逮捕されたり、女性社員が自殺をしたりする等、社内での問題が頻発し、一時期実家である祖父母宅へ約1週間出社をせず、引きこもって迷惑を掛けたりしてしまいました。
このままでは祖父母までに更に、余計な迷惑を掛け続けてしまう...その申し訳無ささが一番頭に当時はありました。
出来ればブラック企業である恐怖のN社をやめて転職したいが、次の転職先である事業者もブラック企業である可能性もあり、中々ホワイト企業に就職していける確率は低い、エージェント登録をしても、ブラック企業である事業者が何かやましい事に自分を利用するために近付いてくる可能性もあり。プライベート面での保証も無い...このままでは更なる祖父母らへの迷惑を掛けたりしてしまう事は必至。
そこで私は、自ら自分のプライベート面や安心して心身両面での苦痛を感じない職場作りをしていく形の転職活動をしていこうと考えて、全てをオリジナルで始めていこうと決めました。もちろん、ブラック企業ではなくホワイト企業を目指しながら、祖父母らも守っていける事業立ち上げをしていく事を、決心しました。
祖父母らは年金暮らしで公的な融資制度の保証人にはなれません。そのため、私は幾人かのW大学の学部同期生やN社を退社した、あるいはクビになった元社員のみなさんへ起業の誘いや資金調達のためのカンパなどを求めたりしました。
もう必死でしたが、それでもN社に勤めていた頃よりも心身ともに楽になり、学部時代の同期生とN社元社員が、2、3人程度集まりました。
それでも幸いでしたので、そのままN社へ私は退職届を出す事も無く、それらのメンバーで有限会社であるA社を立ち上げました。
こうした、N社から逃げ出すような形での、死ぬ覚悟で自らの尊厳や祖父母らを守るための、A社の立ち上げといった起業の形での、転職活動による体験談になりますが、確かに今までのN社社員のような被用者では無くて、経営者としての事業運営面でのリスクが付きものです。
しかし、それでも自分の自由権や人間の尊厳を守っていく事が可能になりますので、こうした面で転職を意識したい方には大変お勧めな手段です。
自由権にあたるプライベート面での保護、意思の事業面での反映のし易さ、これらの面でのホワイトさを確立していける確実さがあり、それらが人間として生きていくための転職のあり方として、自らを守っていける事をA社立ち上げ時において、身を持って知りました。
5.現在のA社までの立ち上げ時に至る体験談その他
先にも話したように、2、3人で立ち上げたA社でしたが、現在では今年で2年目になります。役員自体も私1人になり、有限会社という名前ではあるものの、年老いた祖父母を守りながら、今日まで来たような形です。
体験談として、一見すると私事の傾向が強い表現上での印象になりますが、実はこれが人間として生きていく上で、とても大切な事である事が分かりました。
人間、自分自身が生きていく上で人間らしい生き方が出来ていないと、他人の事を考えたりする事が出来ません。実はN社社員時代がまさにそうでした。
しかし、これまでの体験談でも話してきたように、ブラックなN社の体質そのものがやはり計画的にN社幹部らにより意識がなされている事と、ホワイトの欠片も無い点もやはり、同社幹部には都合が良いものである事が、A社を運営してきて、これまでの体験談にもあるようによく分かりました。
こうした事から、私はA社をホワイトにしていこうと意識をしていくだけでは無く、これまでの体験談でも話した転職劇でのプライベートをはじめとする自他の自由権を守っていく事、見事な成功をした転職のあり方として、ブラック企業と言われないような配慮をしていくホワイトさの鮮明さの意識、これらを重視していこうと考えています。
6.まとめ
やはり、A社を立ち上げていくきっかけになった、N社での被用者時代におけるブラックな体験は、決して無駄ではなかったと、私は信じています。
今までの体験談でも話してきた通り、現在の我が国日本ではホワイト企業が少ない事、被用者のプライベートその他の自由権を尊重しない経営者が多い実態、実に勉強になりました。
そして、これからA社のホワイトさを意識しながらそれをどれだけ維持し続けていけるかが、最大の未来の課題でもあります。
人前で誇れる体験談としてもぜひとも、これから話していけるようなA社にしていく事が目標です。