30代転職体験談

【ブラック転職】

本当に忌まわしい、私自身がブラック企業で働いて苦しめられた過去についての、今回の記事での話になります。

当時の大学卒業前の私は、本当に、大学さえ出れば良いところへ就職が出来ると思い込んでいて、ブラック企業やホワイト企業、あるいは転職活動などといった、それらの言葉とは無縁な考えを持っていました。しかしそうした考え自体が、実に世間知らずな考えであり、後々自分自身がそれで苦しんでいくといった事態を招く事になります。

そうした、学部生時代からの甘い考えで、現在の転職活動に成功するまでに至る経緯という体験談に関しての内容の記事になりますので、かつての私と同じような苦しみを味わっているような、なるだけ多くの方に読んで頂きたいと思います。

1.私が大学を卒業した当時の、ブラック企業やホワイト企業というものを意識しなかった感覚

現在、私は今の職場である有限会社Iコンサルティングに勤め始めて、約4年になります。確かに私は大学の経済学部を卒業して以来、ここ以外の会社であるL株式会社に一時期勤めていた時期もありましたが、現在のI社とは異なり、そこはまさしくいわゆるブラック企業の典型と言えるところでもありました。
大学の経営学部自体も、私は上位10位以内の成績で卒業をしていましたので、本来から目指していた会社役員になる夢を抱き、なるだけ3年時後半から探していた大手優良企業の4社に焦点を当てて、それらのうちの1社であった、商事会社であるL社に行く事に決めました。

しかしながら、実はこの時の私自身による耳では聞いていた、ブラック企業とホワイト企業という存在の深刻さに気が付いていなかった、世間知らずだった甘さがあり、こうした面での知識の浅さがとんでもない事態を招いてしまいます。

2.就職したL社での、当時の数々の理不尽な出来事の体験談

割とその名前が知られていた大手の有名企業であるL社でしたので、その知名度から最初は私自身、ここがホワイトな欠片も無いブラック企業という実態がある事を全然認識しませんでした。
確かに最初の1ヶ月間の研修期間は厳しいところもありましたが、同時期に入社をした同期社員の全員も、特に気にしたりするところはありませんでした。

ところが、やはりL社自体が元々商事会社といった事情もあり、その本性に次第に私は他の同期社員の幾人かとともに、気が付いていく事になります。

まずは、給与面において、顧客会社との間の商談をした分の交渉手当の額の計算が合わないという点を、先輩社員の方が言われていた事を耳にして、私は他の同期社員の方と確認をしてみました。
すると、やはり商談成立がしているのにも関わらず、交渉手当の額がほんの少額であったところが気になりましたので、その時は何らかのミスだから後で何か会社側から言ってくるだろうと軽く考えていました。

ところが、ある日上司から、それから他の社員の方が商談などへ行けないという事情から、しばらくの間だけ、商談の出向へ行ってくれないかという要請を受けましたので、私はそれに従い、合計5社分の商談へ赴く事になりました。
本当は行きたくはありませんでしたが、他に行く方がいませんでしたので、仕方なさと早く仕事を覚えたい一心で、行く事に決めました。

そして5件分とも無事に終り、約1週間程度で商談での出張が終わりましたが、その分の手当の額がどうもおかしい事に気が付きました。
約1週間の日数での出張にも関わらず、何と、元来の金額よりも3分の1も手当自体が少ない実態がありました。

その事について私は当時の上司に言いましたが、本来は5日間で終わるものの、1週間も日数が掛かったので、これくらいの金額での支払いになったと返答をしてきました。しかし、3分の1も少ない、本来は約2万円前後である金額が1万4千円台になっている事に納得出来ませんでした。

それから入社してちょうど10ヵ月の頃、今度はデスクワークで私は朝7時30分に出勤をして、夜中の22時過ぎまでぶっ続けで残業をさせられたりする事もありました。
本来は休日であるはずの日も、残業出勤でその月が休み無しといった月もあり、心身共に健全な衛生状態ではありませんでした。

そうした日常の中で、給与のひと月あたりの総額が税引無しで約23万円ぎりぎりでした。本当に最低限の生活で精一杯な経済状態でもありましたので、こうした時点でやはり、ここのL社自体が典型的なブラック企業であり、ホワイトさなどが全く無い組織体質なところと痛感を初めてしました。

3.2.の段落で話した体験談での各ケースを踏まえて、転職を決断をした事

本当にこのままでは、何れか全員、悲惨な結末を迎えてしまうといった絶望感が私がいた部署では社員間に広まりました。実は先程の体験談のケースでの目と同じ状況に遭っていたのは私だけではありませんでした。

「このままでは過重労働で、会社に殺されてしまう...」

この時、私の頭には『転職』という文字が浮かびました。殺されないために転職をする事が大切だと...本当に地獄でした。
そして私は、L社に対しての絶望感を抱き、1人でも多くの同期社員や同僚の方などを転職という形で救おうと思い、大学の商学部時代の同期生にもL社での出来事を話し、対策を仰ぎました。
すると、実は私の同期生なども自分と同じ目に遭い、転職や緊急の形での独立起業を行い、危険を回避をしたといった話を聞きましたので、こんなホワイトの欠片さえも無いブラックなL社から逃れるためにはどうしたら良いのか、という求めについて、1人の同期生は「早くL社から逃げて転職する以外には無い」と、迷わず回答をしました。

これで私の肚も決まり、更に金融系の事業者が無いかどうかについて、なるだけ話に応じてくれた同期生に対して、それらの事業者が出している求人の情報を教えてくれるよう求めました。
するとまた別の1人が「仕事先の取引先で、有限会社Iコンサルティングという会社があるけど」と教えてくれました。

これを聞いて、私は直接そこのIコンサルティング社を訪れてみようという気持ちになって、そこの責任者となるだけ直接会いたいと思い、同期生と話をした日の後日、L社の同期社員や同僚の方と幾人かと共に、同社を訪れる事にしました。

4.I社へ直接赴いた事が、それ以降の運命を変えた事

私はI社へ、L社の同期社員や同僚の方と合計3人くらいで赴きました。すると、そこのD社長という方が直接出て来られて、話に応じてくれました。
私達のL社で起きていた事の一部始終を話すと、D社長は

「そこのL社は典型的な、規模が大きなブラック企業ですね。もう同社へは行かない方がイイ...」という見解を示されました。

そして、彼は人員の限度内で、転職先として受け入れてくれるとの事でしたので、これを機に私はI社でそのまま採用をされていく形になりました。
I社自体も小さな金融コンサルティング会社であり、約15人程度の人員でしたが、L社よりかはホワイトだと冗談交じりでD社長は話していましたので、それを聞いて少しだけ私達は気が楽になりました。

そして、L社では私をはじめとして、約100人いた社員のうち25名近くが一斉に辞めましたので、それだけに損害が大きかったような感じでした。
同社からは復帰するよう要請をしたりするメッセージや関係者の来訪なども無く、特に何もありませんでした。

5.現在の私の状況と、今回の記事のまとめ

本当に大変な中での、現在のI社での採用までの体験談になりますが、確かにD社長が言われているように、I社の方がL社よりもはるかにホワイトなところが確かにあります。
弱干、扱う金融分野での違いなどはありますが、それでもI社では全員、生き生きしながら仕事に従事をしていますので、本当にここのホワイトさが伊達ではない事を働いてみて、よく分かりました。

そして、I社の発起人であり最高責任者であるD社長自身も若い頃、とてもブラック企業で一時期働いた経験があって苦しんでいた時期があり、そのため自らホワイトな職場を作ろうとして、現在のI社を自ら立ち上げたような形で現在まで来られた事が分かりました。
今、本当に敬服をしています。

とても危機感を感じ、心身両面での健全さを脅かされている中での転職劇という体験談の内容でしたが、私自身による一個人的な体験談ではありますが、かつての同じような悩みを抱えながら苦しんでおられたりする方には、大変参考になる体験談であると信じています。
正直若さゆえに、恥ずかしいところがある体験談という面もありますが、それでもやはり窮地に陥った際には、部外者である誰かからの助けを求める事も、決して恥ずかしい事では無い事を証明をした私の体験談といったところもありますので、読まれていく事を多くの方にお勧めしたい記事です。

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