今回の記事では、私が大学卒業直後に就職をした、かつてのブラック企業であり現在も評判が未だに良くないA社から緊急退社をして、大学時代の同期生や一緒にA社から退避をした幾人かの同僚の方と共に、組合を立ち上げた形での転職活動の内容を書いています。
この記事が多くの現在ブラックな事業者の下で働き、苦痛に悩まれているみなさんのお役に立てられたら、それで幸せな事はありません。
1.これから話していく体験談のきっかけになる、ブラック企業A社に対しての大学在学時代の見方について
私は現在の組合を立ち上げるまで、とある大学の理工学部を卒業した直後から全国でも有名な大手企業であるA社に約2年半勤めていました。
ところがここの会社はとんでもない儲け主義の企業であり、他の諸企業などとは異なる、全ての世の中の存在からあらゆる手段でお金を巻き上げて成長をしていくといった、とんでもない事業者であり経営陣のところでした。本当にここに入社をして今、大変後悔の念が現在の私には堪えません。
元々、私は大学の理工学部で機械製作とその際に用いるプログラム作成の技術を勉強をして、それが活かせると思い大学4年後半あたりから気になっていたA社の企業情報に注目をしていて、そこへ入社が出来たらと思い、当時は最大の夢でもありました。
機械製作やそのための設計、プログラム作成などの技術が活かせる、経済的な幼い頃からの貧しかった状況から脱却が出来る、と信じていましたので、ここが出していた求人への応募が出来た卒業直前である前年の12月辺りの頃は、本当に嬉しさ満載でした。
そして誰よりもいち早くA社への採用が決まり、それで周囲から羨ましがられたりするような事もありましたが、当時の何人かの同期生や親族、知人などから「A社はやめた方がイイ...」などと、人が少ないところで諭されたりするような事も、たまにはありました。
最初は分かりませんでしたが、そうした彼等の言葉がA社入社後に、現実化をしていく事態に直面していく事になります。
2.権力を傘にした、A社による卑劣極まる諸行為について
一部の私のA社入社に対して考え直すよう諭していた彼等の言葉が、A社入社後において現実化をしていく事になります。
最初の半年間のうち、3ヶ月間は社員研修があり、特に具体的な業務活動などはありませんでした。しかし、6か月後のT県支社への赴任が決まりそこで待っていたのは過酷な労働環境と、A社全体が組織を挙げて部外者の人間に対して、不当なサービスや商品の売り込みや、お金の請求、挙句の果ては詐欺や横領などの行為までやっていた事実でした。
私のところのT県支社では、表向きは支社ではあっても、S県内にある本社の実質的な傘下である子会社であり、全ての面において本社が直接的な介入をしている体質がありました。
その上、なにか本社の方針におかしな事があっても意見をしようとしても、出来ないような雰囲気や組織制度といった実態がありました。
最初はおかしいと思いながらも働いてはいましたが、何かおかしい事があったりした際に意見などを上司や上部組織などへしたりした際には、とんでもない内容の反論や対応などをされたりしましたので、だんだんA社に対しての不信の心を抱いていくようになりました。
「これはおかしい...」私はこう感じながら、A社に入社をした事をとても後悔をしました。
事業内容は確かに、機械設計やそのプログラミング開発、営業活動その他総合的な事業内容でしたが、あまりにも同社全体のビジネス方針が組織至上の度合いが強く、その証拠に不当に顧客への不当なサービスや商品の提供、事業契約などの際も寄託や資金提供を受けた際にもお金を返さない、そしてその事が記載をされた契約約款や規定などを契約後に相手側事業者や個人などに対して渡す等々、明かに組織そのものがどうも、集団的な利己主義と拝金主義的な体質がある事がよく分かりました。
私がT県支社で業務に従事していた際に、顧客や請負事業者、請負先のところからの抗議の電話やメール手紙、オフィスへの直接抗議などもありました。
こうした現状を目にして私は、A社にはホワイト的な体質の欠片も無い事が良く分かりました。
こうした日常を私は目にして、国などからは優良企業や事業者としての指定を受けたりはしているものの、こうして不当なビジネスで組織を大きくさせて来て、A社が大きくなってきたのだと感じ、まさにここは権力を傘に着た、とんでもない悪質な事業者だ、とんでもないブラックな体質である企業の仕事に加担をしてしまったと、とても感じさせられました。
3.外部からの抗議などを、社員や人材などのせいにする組織体質
そして、各支社の責任者クラスの人間は何れも、そうした本社の上層部から派遣をされてくる方が大半であり、完全かつあまりにも過剰な、中央統制がなされているような体質でした。
そうしたせいもあり、様々な部外からのクレームが、私達第1線にいる人間によるせいであり組織そのものは悪くは無い、間違っているのは社員や部外者、この社会だ、などといった事を平気で言う体質がありました。
その上、何か意見をする社員などを孤立させていく方策を最初から用意をしていて、本当に組織ぐるみで密告制度や内部告発者への排除工作などをしていて、本当に卑劣な異端排撃を行うような、明かに反民主主義的な色合いの強い組織体質でした。
このようなA社の体質はそのうちに間違いなく社会問題になり、そのうちに自分達もただでは済まないだろうといった不安が、入社してちょうど1年目には男女を問わすず、多くの社員の間に広まっていました。
相変わらず支社長や本社幹部の人間はそれを否定をするような事を朝礼などで主張をしたりしてはいましたが、最早隠し切れないA社全体の組織体質は顕著になっていました。
そして私自身をはじめとして、私のところの支社社員の大半が、心身両面での不衛生差がピークに達し、もうボロボロな状態でもありました。
「このままではいけない」支社の同僚の1人が声を挙げ始めました。これは私も感じていた事でもありましたので、私は勇気を持って、大学の理工学部時代の信頼出来る同期の幾人かにA社での出来事について話ました。
するとその1人が、やはり同じような他社での体験を話してくれて、そうした風潮が我が国日本では実に多い現状がある事について、互いによく知りました。
4.一部の同期やA社同僚と協力をし合った、転職活動を兼ねての自分達だけによる組合の立ち上げ
「A社はまさにブラック企業だ、ホワイトなまっとうな体質は微塵も無い...」私はこう感じながら、A社から幾人かの同僚に誘いを掛けながら、退職をする事を決意をしました。
しかし、A社側はやはり、自分達が今までやってきた悪どいビジネスやそうした体質のやり方を暴露・流布をされたりする事を恐れて、辞めないよう説得を試みたり、あるいはあらゆる形での脅迫行為などを、直接的あるいは利害関係のある第3者などを通じながらしたりしてきました。
私達は本当に呆れました、このため危険を全員で感じて、私は自分の学部時代の同期生の幾人かに協力を求めて、更には労働問題などに詳しい弁護士や学者の先生などを訪ねて、対応面での助言を仰ぎました。
みなさんやはり、A社に関しての社会的な危険性についての体質や様々な問題、国や官僚などとの関係性を傘にして不当労働行為をしてきながら組織拡大をしてきた実態についてよくご存知でした。
そのため私達は完全にA社から、まずは自分達の防御態勢を確立していく事を考慮をして、全員で組合を立ち上げていく事にしました。
最初は会社立ち上げをしようと考えていましたが、事業運営上、A社などと関係性のある事業者との関係性を持ってしまう事を恐れて、これを回避をしていくために、組合の形でお互いに資金を出資し合って、事業設立をしていく形に決めました。
そして私が同組合を立ち上げて責任者になった事をA社も確認をしたせいか、私達が法人化した組合を組織した事を警戒し、これまでのような不当な干渉などをしたりして来なくなりました。
そして現在、コンピューター開発関連の事業を運営しながら、私達が今度はA社に対しての、今までの不当労働行為や被害を受けたかつてA社の顧客や請負元・請負先事業者の方々と共に集団訴訟を起こして、現在係争中の状態です。
決してこんなブラックなA社を許してはならない、今もそうした気持ちは今回の体験談にもある通り、変わりはありません。
5.組合立ち上げという、転職活動の一ケースとしての成功例の体験談と言えるか
一部のかつてのA社時代の同僚や大学時代の同期生と組合を立ち上げて、コンピューター機器類やプログラム関連の開発事業を扱う体制にして、おかげさまで私が現在、組合代表として黒字になっていますが、一応私自身にとってはこうした形での転職活動の成功のケースである体験談にはなります。
しかしながら正直、現在様々な悪行を重ねてきた大手ブラック企業であるA社に対しての訴訟主体になっており、係争中ですので、完全な転職成功例とは言えない面が確かにあります。
それはともかく、私が現在まで多くの労働問題を扱っている周囲のみなさんからの協力もあり、事業自体は黒字ですので、A社のようなブラックな体質にならないよう、かつての同期生やA社時代の同僚からなる役員らと共に、ホワイトな体質である事を心掛けて、それが外から見えるように意識をしています。
今のところは顧客や請負元・請負先などからの評価も中々良いですが、それに甘んじないように同組合の運営をさせて頂いています。
この間の第1回目の訴訟判決で見事、私達はA社に対しての不法行為賠償での勝訴判決を得ました。組合立ち上げ後も私達が被害者の方と共同訴訟を起こした事を理由に、私達に対して「Y組合はブラック事業者だ。ホワイトな体質はウソであり、同組合の責任者であるうちのところにいたCは嘘つきだ...」などといったデマを振り撒いたりしていましたので、これも裁判所は証拠として審議での採用をしてくれました。
完全な成功例とは言えない私の転職活動での一ケースになりますが、ブラックなA社に負けないように、私はホワイトなY組合の最高責任者として、頑張っていきたいと思います。
6.結論
以上が、私自身のこれまでの悪どさ極まりないA社からの脱出といった形での、Y組合の立ち上げという体験談の一部始終になります。
私はこれから、かつて勤めていたA社とは逆なホワイトさを重要視した、組合員や顧客、被用者の方に優しい職場作りを積極的にしていくつもりです。
はっきり言って、A社は間違いなくまっとうな組織では無く、人に対しての迷惑を考えない悪質な事業者です。これから私達Y組合はホワイトな事業者として、彼等とは逆な事をしていきます。
完全なホワイトとは言えない実態があったりするかもしれません。しかし私達は、決してA社に負けるわけにはいきません。
多くの世の中の人々を苦しめてきた忌まわしい経緯が、A社にはあります。これを決して許していく訳にはいきません。それもあり、私もY組合の最高責任者として、そしてホワイトな事業者の責任者として、引き続きこれからも、ホワイトなY組合の運営をしていきます。
まだ3、4年しか経たないY組合ですが、本当に自分達でやってきた、自分達で立ち上げた転職先でもあります。
こうしたせっかく確保をした転職先である成功している同組合ですので、今回の私の体験談記事でこれまでの経緯について書かせて頂きました。
どれだけ多くの苦しんでいる方に、私の今回の体験談記事が役に立つのかは分かりませんが、なるだけそうした多くの方に、このような転職活動の形での生き方がある事を理解をして頂けたなら、私もそれだけで幸せです。
単なる転職経験での体験談というものでは無くて、これからの人間らしく生きていきたいといった願いを叶えていくための指針としても、この私の体験談を読んでもらいたいと強く思います。
粗削りな文章内容や流れの体験談の内容ですが、出来るだけ多くの方に、今回の記事を読んで頂きたいと願っています。