私は、現在32歳になる男性です。大学卒業後、内定をもらっていた大手塾に正社員として就職し、生徒と保護者のために日々働いていました。30歳を迎えたのを境に、自分のかつての夢であった書籍の編集者への転職を考えるようになりました。そして縁あって、ある出版社に編集として就職することができました。年収は前職と比べると落ちましたが、労働外の時間をしっかり確保できるようになりました。
教育業界、特に学習塾業界は、世間的なイメージはホワイトですが、実際に働くと、ブラック企業が多いです。肉体的にしんどいと思うことよりも、精神的にしんどいと感じることの方が多かったような気がします。
まず、何よりも講師として行う授業の質を、しっかり維持しなければなりません。塾の中には、バイトの大学生に授業を任せて、社員は校舎運営に専念する、という塾もあります。しかし、私が在籍した塾は、教室運営も行いながら授業も行うので、非常にきついです。ブラックな塾業界の中でも、特にブラックな部類に入ります。定期的に行う授業研修でも、エリア長から必ず全員に対してダメ出しがあったので、その度に「辞めたい」と感じました。当然、授業の準備は勤務時間外に行うので、きついし、しんどいです。このエリア長がかなり曲者で、かなりきつい言葉でダメ出しを行うので、私以外の同期入社の人間も「あんな言われ方したら辞めたいって思うわなぁ」と度々口にしていました。時にはパワハラ、モラハラに該当するような発言もあったと思います。
次に、校舎運営に関してですが、当然ノルマが存在しています。ノルマの提示のされ方もブラック企業特有のもので、同じ塾の他の教室のみならず、他塾の教室の在籍人数等も比較しながら目標数を提示してくるので、当然キツい数字になります。半年に一回上司と面談があり、目標数値に達していないときつい言葉をかけられます。そして、何故達成できなかったかを後日報告書にして提出するのがしんどいのです。「その時間をほかの作業に充てられたら良いのに…」と思いました。なので、生徒の「塾辞めたい」という発言に関しては、自分自身かなり敏感になります。そのような相談を受けたら、まず生徒を呼んで、「どうして塾辞めたいって思った?」とまず相手の意思を探りながら、最終的に「辞めたい→もうちょっと頑張ってみよう」に、意思を何とかしてかえようと試みます。少子化の世の中ですから、生徒一人一人が売り上げのために大事なのですが、もうその時点で、私自身が生徒自身の意思を汲もうとしていないのです。生徒のための塾、であるはずなのに、生徒の意思を素直に尊重できない、ということに気付いたとき、「きついなぁ、塾を辞めたいなぁ」と度々感じたものです。
そんなこんなで、常に生徒の心をつかみ、同時に保護者の心もつかみ続けなければ、「塾を辞めたい」という生徒が続出してしまいます。大学生のころにアルバイトで塾講師をしていたころは、休み時間に生徒と話すのが楽しくて、非常にリラックスできる時間でした。しかし、社員として働いていると、どうしてもノルマのことを意識してしまうと、生徒一人一人がお金に見えてしまう瞬間がありました。これも精神的にとてもきついし、つらいと感じた瞬間でした。生徒がお金に見えてしまったのも、辞めたいと感じた理由の一つです。
でも、生徒のテストの点数が上がったり、生徒が志望校に合格してくれるのは、とてもうれしいです。きつい勉強量をしっかりこなし、しんどい面談にも耐えて喜びをつかんでくれる生徒の表情が、数少ないモチベーションの一つでした。また、保護者の方から頂く「先生のおかげでうちの子の点数が上がりました、今後もよろしくお願いします。」という言葉も、頑張ろうと思える原動力でした。
そんなこんなで、生徒と、そして保護者の心をつかむために、私の塾では、社員が、生徒や保護者とLINEなどで連絡を取り合うことを許可していました。これこそが、「私がこの塾を辞めたい」と感じるようになった最大の要因になっていきます。最初は、生徒や保護者からの疑問や相談に応じることで、相手の心をつかむきっかけを得られるので、「良い試みだなぁ」と感じていました。しかし、数少ない休日に、仕事のことを一切考えたくないのに、どうしてもLINEに返信をしなければありません。特に、定期テスト前や受験前には、「ここの方程式の立て方が分からない」という学習上の質問から、「最近うちの子が部活も学校も辞めたいって言い始めて困っています」等の保護者からの悩みに至るまで、多種多様な質問が来ます。これにより、私の休日は、一日中携帯電話とにらめっこして終わってしまいます。恋人とどこかに出掛けている最中にも連絡、実家に帰省中にも連絡…これはさすがにきついし、しんどいし、絶対この塾を辞めたい、と強く感じる最大の要因となりました。ブラック企業の特徴として、低賃金、長時間労働というのが挙げられると思います。私の塾の場合、社員が教室運営と講師を兼務するほどですから当然人件費は低く抑えられています。そして、残業代、休日手当てなどは一切なく、休日には上記のような「生徒・保護者とのコミュニーケション」業務があるのです。
そんな暮らしを続けて、年齢も30代に入り、今後の人生プランを考えたとき、本当にやりたかった「編集職」に就いてみたい、という気持ちが強くなってきました。同時に、「塾を辞めたい」という自分の心の声にも、素直に従う決意をしました。
まず直属の上司に、今期を以て退職します、という旨を伝えました。さて、退職まで約6か月、日々の激務は引き継ぎもありより一層忙しくなりましたが、私は転職活動をスタートしました。主にやったことは、ハローワークに行く、転職サイトや転職エージェントに登録する、一般教養の勉強をする、面接練習をしっかり行う、転職した大学の友人から話を聞く、という五つです。学習塾の世界は、午後から開始するところがほとんどなので、午前中はほぼ転職活動に充てられます。本来しっかり寝ていたい午前中に活動するのはしんどいですが、動ける時間はそこしか無いのです。午前中の数時間を上手く活用し、ハローワークで求人票をもらったり、転職エージェントの登録会に参加したりしました。希望していた編集職は、基本的に経験者採用が多いので、未経験者でとなるとかなり狭き門です。ただ、私は「編集経験を積みたい」と考えていたので、正社員希望でしたが、雇用形態は問いませんでした。応募しようとした企業がブラックかどうかは、インターネット上の転職掲示板などで確認し、何となくの印象を各企業に対して持っておくようにはしました。また、新卒、転職組問わず、出版社では筆記試験が採用の際に課されることが多いので、転職者用の一般教養の本を一冊買って、筆記試験対策を行いました。そして、面接まで進んだ際には、面接のシミュレーションを入念に行いました。不安なときは、担当してもらっていた転職エージェントの方に面接練習をして頂いたこともありました。そして、想定以上に自分の転職活動のエネルギーとなったのが、転職した大学時代の友人に話を聞いたことでした。会って話を聞いたときには、彼が輝いて見えました。私と同様に、ブラック企業に勤めていた時は、「ダメだ、きつい、しんどい、辞めたい」が彼の口癖でした。しかし、そんな過去の彼の姿はもうそこには無かったのです。「自分のやりたいことをやることと、自分の時間を確保すること、やっぱり大事だよ」という彼の言葉は、胸に痛いほど刺さりました。
退職1か月前、縁あって小さな出版社から内定を頂くことができました。しかも正社員での採用でした。面接での「どうしても編集をしたい」という熱意をしっかり受け取ってもらえたようです。入社後の現在も、いろいろな作業を覚え、ようやく一人前の編集者になれたような気がして、充実した毎日を送っています。何よりも、ちゃんとした休日を過ごせるようになりました。
退職に近付くにつれて、生徒にとっても私の別れが近づいてきます。最後の授業の後に、保護者の方と一緒に涙を流しながら「先生には本当にお世話になりました。ありがとうございました。」と言ってくれる生徒が、私が思った以上にたくさんいました。ブラックな環境で働き続けるのは、きついし、しんどいし、辞めたいと何度も思うこともありました。でも、自分がそのようにして働いたことによって誰かのために貢献出来ていて、感謝をしてくれる人が想像以上にたくさんいたこと、そして、ブラックな環境でも約8年間働き続けることが出来たという経験は、必ずや今後の人生にとってプラスになると感じています。ブラック企業のしんどい環境で働き続けた経験を糧に、今後も仕事を中心にいろいろなことを頑張っていきたいと思います。
【長時間労働しんどい】塾講師しんどく激務のブラック職場から夢だった出版社に転職できた体験談