40代転職体験談

【年収上げたい】画の世界で働く40代絵描きが頼まれるあまりプログラマーに転職した体験談

転職活動中、転職するまでに心がけていたこと、ルール
・転職に際して、本業を忘れないようにする
・プログラミングの構造よりもコンセプトの勉強をする
・プログラミング・デレクターの兼任を可能とするように、指導力をつける
・企画・開発のイメージングに入社する前にまとめる理論をもっておく
・現場作業者のこころを忘れない
・転職エージェントには、入社対象社の調べを仲介してもらう

これから話す転職体験談のあらすじ
年齢は、40代前半。性別は男性。学歴は美大出身。職業は油絵が本業。職種としては作業者兼デレクションを扱うかたちです。
売れないほどの絵描きではなかったにしても、実際世の中と付き合っていくには、要望を受けて、言うにやまれぬという問題が立ちふさがります。これは、仕事の依頼というよりも、必要に迫られてといった言い方がただしいものです。本来は、本業にこだわるはずだったのですが、どうしてもと言われ、プログラミングのデレクションに携わるようになりました。

転職前と転職後の紹介【職業、職種、年収、働き方など】
転職前は、画を不定期に売っている画家になります。職種は販売の事はほかに任せるようなかたちで、年収については不定となります。働き方は自宅営業でした。今は、そのSOHOの形で遠隔勤務やデータ送信に関する事にも携わり、市場調査として、市街地を回ることもあります。年収は正社員並みで、働き方はノルマ達成の為に、速度を上げなくてはならない場面も多くあります。

転職をしようと思ったきっかけ。
・コンピュータを扱っていることは、秘密にしておきたかったのですが、現代の絵描きとして、PCを扱えなくては現代人ではないという意識があり、独学で勉強していました。サイト運営もしていたのですが、そのコンセプトが認められ、その営業活動まではしませんでしたが、かねてより開発の方に要望がおおくありました。
・わたしがいたころの美大ではプログラミングはおろか、インターネットの授業もなにもありませんでしたから、美大で油絵を描いたとしても、コンピュータの知識は自分で増やすしかなかったのです。ですが、勉強を重ねていくにつれ、次第に専門技術も身に付き、デザイン力も上がったので、当初はデザイナー志望という形で、就職に臨みました。しかし、プログラミングの非公開求人からの要求が過度になっていて、それを断りきれずになっていたようです。ですので、求人より転職エージェントの力も大きかったとおもいます。
・日本はプログラミングの基礎情報についてまだ後進国であったので、採用側はなんとか、インターネット技術に詳しい点から、引っ張りたかったようです。外資系からの誘いも相まって、結局採用にはこじつけなかった模様です。自身は本業の画がありますから、断ろうともしていました。ただしやろうと決めたからには、プログラミングの開発から、新規産業を打ち出さなくてはならないと、責任を決めています。

転職した際に使用した転職サイトは
・転職サイトはリクルート・エージェントになります。結構な年数の前から、連絡は来ていたのですが、その当時の履歴の描き方も得策になりました。絵描きの世界では収入不安定がふつうですので、たしょうともブラックと言われます。ですので、体験談で明るいホワイトで言えるのは、そういったアンダーなブラック環境を乗り越えているからだとおもいます。

・転職をするうえで不安や心配事はどんなことがあったか?
転職をするうえでは、あたらしいプログラミング言語を覚える必要があり、今現在のプログラマー業界でどの言語がメインのランゲジになっているか、規格を調べる必要もありました。プログラミングの画面については見て辞書が引ければいいとおもっていたのですが、まったくその通りだったようで、それ以上の開発はデレクションのことだと思っていたのです。ですがそれも的中で、採用を受けるかたちになりました。実際は、プログラマーからの体験談のほうがブラック系だと言われやすいのですが、あえて表はヴィジュアルなので、ホワイトとしたいところです。

・不安や心配事はどのように解消したか?
不安や心配事は、その勤務形態にも依ることと、そして、指導性におけるデレクションであるなら、管理体系や経理にも詳しくなければいけないというものでした。ですので、勝手に企業内部を調べるのはできない事なので、エージェント仲介で、どのような職場雰囲気なのか、基盤は大丈夫なのかと下調べは尽くしました。労働環境は皆がブラック的な要素がないことで、カバーできます。そして、ホワイトな演出がプログラミングの表示で可能になるのです。

転職をするまでの転職活動方法
・何を基準に転職先を調べ・決めたか
就職活動期間、転職活動として長く時間を要しました。自分は不適格だとおもっていたのですが、実際コンセプト面での評価があり、勝手に企業から登録されることもあったようです。迷惑だったのは、給与面の事なので、やはりの低賃金労働をいわれるブラックな世界があります。長時間労働に関しても、周知していたので、実際のプログラマーさんから実情を聞いたりもしました。ですので、充分に下調べをして、労働環境が自分の性格・生活と相性がいいか考え抜きました。

・志望動機をどう書いたか?
志望動機に関しては世の中の役に立つという面で、ユーザビリティをメインにコンセプトをもっていました。このことを面談で理解してもらうのにも時間を要しました。

・内定の取り付けは数十社に及んだようです。ですが、メインで給与体系がしっかりしているところとしか、話をしないようにしています。

転職した後の働き方
転職中のはなしなのですが、パワハラ・モラハラの常識ともいえるプログラマーさんの発言に驚くばかりでした。これは、予感的中ということで、実際の自分が働くときには、ここはクリアしなくてはならないと、仕事の場所はどこなのか、充分に検討を重ねました。体験談として、あかるいホワイトな演出のプログラミングになりますが、実際の体験談は自身としても、のけぞる思いのする話は多くあります。ブラックとはいっても、実際意匠面や、デザイン著作権の法的な面がありますので、ここをブラックから、ホワイト系への転職成功とするには、かなりの時間がひつようだったのです。実際の給料面でのはなしより、絵描きとして収入がブラック的になるよりも、ちゃんとした雇用のもとに仕事をこなして、収入を得る方が、もちろん生活・家庭の為に良いことであるので、そのあたりの関係性にも注意しました。体験談では、遠隔勤務も可能とするとこが了承となり、働きやすいホワイトな職場になったと言えます。働き方改善というかたちで、転職前にどれだけのデレクション業が可能であるか、そして、自分の実力を発揮できるのには、どれだけの可能性があるのか、よく判定したものです。それで、本業の画と同時に、なんとか喜ばれる仕事に就いたホワイトな体験談となりました。

まとめ
ブラックの要素の強い、プログラマーの職場環境には、事実かねてよりうわさは聞いていました。ですが、仕事は定期的にインカムが入ってきて、その仕事と言われるので、人に絵描きであることを言えたとしても、あまり収入の自信がないものがつきものです。ですが、会社雇用というのは、自分の売り込む技術がなんであるかちゃんと知っておく必要のある話になります。体験談では、すぐに転職が成功したようなはなしになりますが、そんなことはなく、プログラマーたちの苦悩や年齢との戦いについてよく聞いたことがあるのです。ですので、プログラミングを挫折していった人たちをよく知っていたので、自分がもしプログラマーになるのであれば、なにか職場改善のデレクションやサポートとしての働きもしたかったのが本音の体験談です。ホワイトに見える世界ほど、ブラックでアンダーが多いと言われる、技術屋集団の集まりが、プログラマーのスタジオになります。そこでも、ただの実力主義ではなく、ちゃんとした、日本企業としての温かさを保持しなくてはなりません。ですので、軽々基盤というものにも、チェックを入れる必要があります。酷使したりされるだけでは、いいものは生まれないのです。ホワイトに演出することに関しても、ぎすぎすした体験談がおおいと困りものになるので、なんとか、職場でも目標たらんとして、がんばっています。表が良くて裏がブラックというのでは、目にも悪いので、システム開発以上に従業員への指導もしています。ホワイトな夢を実現したと思えるのは、実は学生のころからの願いだったのです。

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